人間100年時代を迎え、より良い視力を維持し続けることの重要性はますます高まっています。しかし、実は人間の体は(特に目は)こんなに長生きできることを想定したつくりにはなっていないのも事実です。というのも、日本人の平均寿命が50歳を超えたのは太平洋戦争後であり、たかだか5世代くらい前の江戸時代では30歳台、縄文時代にいたっては15歳と言われています。数百万年といわれる人類の進化の過程においては、50歳を過ぎてもよりよく見えているという能力は必要とされていなかったために、中高年期以降もより良い視力を維持できるようには進化してこなかったのです。
そのような現実において、本邦における中途失明原因の第二位と第四位に糖尿病網膜症と、加齢黄斑変性症があります。特に加齢黄斑変性症は十数年前までは不治の病にちかく、我々眼科医も貧弱な武器(治療方法)でしか戦う事ができず、視力が維持できずに悲しい思いをすることが多々ありました。しかし、2009年にラニビズマブ(商品名:ルセンティス硝子体注射薬)が発売され臨床の場で硝子体注射が使えるようになって以降、加齢黄斑変性は不治の病ではなくなっただけではなく、糖尿病網膜症においても視力低下せずに維持し続けることが可能になりました。眼科医療に画期的な変化を与えたルセンティスですが2022年にはその特許が切れ、バイオシミラー(先行バイオ薬品と同等の品質や安全性を有する医薬品)が発売され、市場には多数の同種の薬剤がでてきています。
院長である私はその経歴の駆出しのころ、東京大学医学部附属病院眼科の黄斑外来を担当していたこともあり、この分野の治療に関して深くかかわってきました。その経歴を生かし、大学病院と同等の治療を是非クリニックレベルで実現したいと考えており実施していますが、本領域の治療においては医師のさじ加減(どの薬剤を選択するか、どのタイミングで治療をするか、どこまで自院の守備範囲でどこからが紹介すべか、等々)がとても重要になってきます。当院では、ベストな環境で硝子体注射の治療ができるよう、複数の薬剤を用意し、安全な環境下で注射できるよう手術室を使って処置を行い、大学病院(東京大学附属病院、日本大学附属板橋病院)との連携も密に行いつつ治療をしています。
先に述べたように、ある頻度で硝子体注射が必要な疾患に罹患してしまうことは不可避なことでありますが、しっかり治療し視機能を維持し続けることが可能な現代において、当院は豊富な武器と戦える環境、それに適切な治療戦略を掛け合わせた医療を提供できる数少ないクリニックであると自負しております。治療が必要な方、治療が必要かどうか、どの治療がベストであるか分からずご不安な方など、ご相談いただければしっかりした治療方針をお示しすることができると思います。
硝子体注射とは、眼内に直接薬液を注入する治療法になります。眼内に注入された薬液は患部に作用して効果を発揮しますが、これは、ミサイル(薬液)と標的(血管内皮増殖因子、アンギオポエチン-2)に例えることができます。ミサイルですから、標的だけを狙い撃ちすることができ、より効果的により安全に治療をすることができます。
・抗VEGF薬、坑Ang-2薬治療の説明/メカニズム
眼内には元々、眼の血管を維持したり増やしたりするための物質があります。毛管内皮増殖因子(VEGF)やアンギオポエチン-1(Ang-1)などがそれにあたります。普段正常な状態で整然と働いていたこれら物質が、加齢黄斑変性症や糖尿病網膜症をはじめとして、網膜血管閉塞や近視性脈絡膜新生血管、新生血管緑内障といった疾患では、異常に増えてきて悪さをするようになってしまいます。硝子体注射で使う薬剤は、これら物質に直接取りついて活性を抑える働きがあります。ただ、一度注入した薬剤の効果は減弱してくため、効果減弱につれて症状が再燃してくる場合には定期的に薬剤を注射し続けることが必要となります。
・加齢黄斑変性(AMD)
加齢黄斑変性は、網膜に異常な血管(新生血管)が新しく発生、侵入して、黄斑と呼ばれる部位に障害を及ぼす病気です。視力をだすのに最も重要な黄斑が障害されると、視力が大幅に低下し、現在本邦における中途失明原因の4位になっている疾患です。
・網膜中心静脈閉塞症(CVO)
網膜中心静脈閉塞症とは、眼底部分にある網膜中心静脈が詰まってしまい、血液が流れなくなる状態をいいます。血液が正常に流れず、静脈から血液があふれ出したり、血管内の成分も漏れだし網膜浮腫(網膜の腫れ)を起こります。症状としては、出血が広がった部分の視野が欠けたり、視力の低下します。
・網膜静脈分枝閉塞症(BVO)
先述の網膜の血管(静脈)の中でも本幹ではなく、枝にあたる網膜静脈が詰まって血液が流れなくなる病気です。網膜中心静脈閉塞症と同じように行き場のなくなった血液があふれ出し、眼底に広がったり(眼底出血)や網膜浮腫を起こします。
・糖尿病黄斑症に伴う黄斑浮腫(DME)
糖尿病による合併症で、眼の黄斑(おうはん)部分にある小さな血管(毛細血管)が詰まることで、黄斑が腫れる病気です。この黄斑浮腫は特に視野の中心に影響を及ぼし、視界のかすみ、歪みといった症状がおこり、最終的には失明にいたるリスクがあります。
・近視性脈絡膜新生血管
近視とは、通常よりも眼球(特に目の奥行の長さ)が大きくなる状態です。近視の程度が大きいと、眼内の組織が引き延ばされたようになり、その裂け目の部分から招かざる客(新生血管)が生じてしまいます。この血管を脈絡膜新生血管(みゃくらくせいしんせいけっかん)といいます。新生血管は通常の血管よりも破れやすいため、ここから出血がしやすくなります。網膜付近での出血が起きることで、網膜が腫れたり(網膜浮腫)といった異変が生じて、視力低下につながります。
硝子体注射は、処置をしたその日から通常通りの日常生活を送ることが可能です。
ただし、目の処置である以上感染症を引き起こす可能性もありますので、治療後は医師の指示に従い、下記の注意点は守るようにしてください。また、ごく稀なことではありますが、しばらくしてから(数日、もしくは1-2週間程度してから)視力が低下してきたりすることがありますので、何か目に異変を感じたら早めに受診ください。
・保清(洗顔)
注射当日の洗顔は遠慮いただいていますが、シャワー等で清潔を保つことは可能です。処置後の洗顔ができないので洗顔が不要なお化粧なら大丈夫です。運動もウオーキングやラジオ体操程度なら問題ありません。
・仕事、読書やパソコン作業
処置後に眼表面に軟膏を塗布する関係で、2時間程度眼帯を付けていただきます。処置による視力低下は一時的なので読んだりパソコン作業をすることは可能ですが、眼帯をつけたり、処置前に散瞳(目薬で瞳を開くこと)したりする関係で、満足に見える状態ではないことが多いので、処置後に大切な仕事や用事を入れないことをお勧めしています。
・飲酒
責められるべきは酒を飲むことではなく、度をこすことだ -ジョン・センデル-
何事もほどほどを心掛けてください。
硝子体注射による治療の“肝”は、効果、持続期間、コストのバランスを見極め、最終目標を絶えず見据えた長期的視座をもって治療をし続けることです。患者様に治療を提案する時にはズバッと「この治療が最適と思います」とお伝えしていますが、絶えずこの“肝”を意識しながらそれぞれの方に最も適した治療を選択しています。
硝子体注射が必要な疾患の治療は長期にわたる場合が多く、治療途中で心が折れてドロップアウトしそうになることもあります。そのような方へのケアを含め、当院は長期戦を戦い抜くための良き伴走者でありたいと思っています。治療の依頼、もしくは治療方針に関するご相談がございましたら、そこまでこだわり抜いた治療を提供できる当院へお気軽にご相談ください。